大分漢点字研究会ヒストリー


    1986年
 2月 大分県漢点字研究会発足総会、盲学校にて開催
    森迫博幸氏が初代会長に就任
 3月 漢点字解説の学習会開始(1か月に1回)
 4月 「声の漢点字情報」発刊(徳島の米原清司氏)
 5月 もう学校内及び県内での漢点字普及、チノワードシステム斡旋活動開始
    1987年
 2月 漢点字両面製版用「野島リング」作成
 7月 日本漢点字協会設立総会、大阪にて開催(久賀、森迫出席)
12月 「漢点字歳時記」発行(以後各種漢点字書作成)

    1988年
 3月 「声の漢点字情報」カラオケコーナー開始(担当、森迫)
 4月 森迫会長 日本漢点字研究会評評議員に就任
 5月 漢点字解説朗読テープ完成
10月 漢点字考案者川上泰一氏もう学校にて講演
    本会会員との懇親会開催(ホテルクドウにて)

    1990年
 5月 日本漢点字協会の依頼により、漢点訳書の校正作業開始(担当、久賀)
 9月 大分及び熊本の漢点字学習者交流会、別府にて開催

    1992年
10月 第1回九州漢点字交流会、熊本にて開催(以後長崎・大分の3県の輪番性で実施)

    1994年
 1月 3名の点訳ボランティアとの漢点字学習会開始(毎月1回)
 6月 ボランティアによる漢点訳活動開始、テラタイプを使用
 8月 漢点字考案者川上泰一氏逝去
    1995年
 5月 ボランティアへのパソコン学習会開始
 8月 パソコン入力による漢点訳書作成開始

    1996年
 3月 初心者用98パソコン学習会開始
 8月 点字プリンタエベレストによる漢点字両面印刷開始
10月 本会発足10周年記念誌発行

    1997年
 5月 総会において本会会則の制定
11月 漢点字のことが大分合同新聞に掲載される

    1998年
 6月 パソコンを用いての漢点字入力の様子がOBSテレビで放映
 8月 第1回全体研修会開催、以後恒例行事となる

    1999年
 5月 総会にて川内数敏氏が第2代会長に就任
 9月 「漢点字のもう教育への導入」を進める署名活動開始
12月 本会会報創巻号を発刊

    2000年
 5月 漢点字のもう教育への導入について、文部省等関係当局へ陳情
10月 第9回漢点字学習者交流会が別府市にて開催

    2001年
 5月 総会において漢点字の更なる普及のため「普及部」が発足、橋本守氏が担当となる
 6月 久賀一二・森迫博幸両氏が日もう社協より漢点字功労賞を受賞
 7月 日本漢点字協会の依頼により、山藤陸紀氏が漢点訳書の校正作業を開始する。
 8月 第4回全体研修会
    大分漢点字研究会のホームページを開設。インターネット上にて、漢点字学習者を一般より募集
10月 漢点字講習会開講式、受講者9名、翌年3月まで12回実施
    第10回九州漢点字学習者交流会が熊本にて開催

    2002年
 5月 総会にて「弔慰規定」が定められる
 7月 森迫博幸氏、日本漢点字協会理事に就任
 8月 第5回全体研修会
10月 長崎にて第11回九州漢点字学習者交流会
12月 会報第4号発行

    2003年
 5月 総会にて久賀一二氏が第3代会長に就任
 8月 「学ぼう・使おう・広げよう」をテーマに、東京の芝パークホテルにて漢点字フェスタが開催、全国より100余名、    本県より9名参加
10月 別府市豊泉荘にて、第12回九州漢点字学習者交流会開催

    2004年
 6月 山藤陸紀氏が日もう社協より漢点字功労賞受賞
10月 熊本県の主催による第13回九州漢点字学習者交流会が福岡にて開催
11月 大阪にて日本漢点字協会主催による「漢点字のつどい」開催(全国より83名、本県より4名参加)

    2005年
 3月 大分県公務員弘済会から教育論文募集、本会より「漢点字をこの手に〜その普及と展望」で応募→入選→表彰される
 4月 ホームページノ再編成がなされ、有安・橋本両氏が担当。
10月 長崎市で第14回九州漢点字学習者交流会

    2006年
 5月 総会にて、11月4日〜5日に九州漢点字学習者交流会開催及び大分漢点字研究会20周年記念誌を発行することを    承認
 7月 久賀会長 日本漢点字協会評議員に就任
11月 4日〜5日 別府市豊泉荘にて第15回九州漢点字学習者交流会開催、講師として日本漢点字協会会長 川上リツエ氏来県、大分漢点字研究会20周年記念誌発行


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